昔からこのひとの本は好きだ。繊細なタッチの絵柄で結構シュールな話を描いたりする。そうであるがゆえに、凄惨なシーンの迫力はこの上もなく大きい。

尤もこの本の表題作は、別にそういった種類の話ではない。どちらかといえば、ほのぼのとして柔らかく、読後感の優しい話である。森の奥の屋敷で執事とふたりきりで暮らしている、若き主人ジョシュアと、本家の主人から派遣されてきたメイドのアップルビーが、互いの垣根を越えて打ち解けるまでが描かれている。

甘いものを好む(というか行き過ぎの甘党)ジョシュアは、アップルビーにデザートを所望するのだが、貧しく大人数の家族で育ったアップルビーのレシピと言えば、安い食材で栄養価の高いものばかり。何度かクビにされかけ、彼女は必死に甘いお菓子作りを修行する。何度も失敗しながら、それでも自身のプライドと、何より淋しいひとりぼっちの主人を見捨てられずに、アップルビーは彼女生来の明るさで、暗い屋敷に光を与えてゆく。

病弱な妹が倒れて自失したアップルビーを慰めるために、自身の小さい頃の微笑ましいエピソードを披露し、不器用に微笑んでみせたジョシュアはどんな二枚目キャラよりも格好いい。

この本には他に3本の話が収録されている。そのうち3本目の「651のブルー」は、作者の本領発揮とも言える辛辣な社会風刺と鋭い視線で世界を見つめた秀作である。あえて私がつたないレビューなど語るまでもない。

ISBN:4344800575 コミック 藤田 貴美 幻冬舎 2002/04 ¥840

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